奥付のないふしぎな本
 保田穂

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2017-09-16 10:21:54

『創作』

 

 

奥付のないこの本には、さまざまの読みをゆるす空隙がある。
日記ふうの文章へ「創作」と表題をつけた悪戯ひとつとっても、一筋縄ではいかない企みが見える。

 

十月二十六日(金)
疲れたせいか、今日は午後一時に目が覚める。五木寛之「箱舟…」を読み終える。
風呂に入り、町へ出る。本箱を買う。

 

目次も前書きもない本書の冒頭である。
こうした短調の主題が延々と展開され、本箱は増殖しつづける。

 

いったい誰が書いたのか。書いたのは女性か男性か、年齢はいくつなのか、いま生きているのか死んでいるのか、最後までそれは明かされない。
偽日記(フィクション)であると予めわかっていれば、案外、そんなことは気にならないのかも知れない。
しかし、フィクションであるとも知れないがゆえに、読み手の足場が定まらず、何だか気味悪いような、不穏な感じがある。

 

書き手の人格は一致しているのか、それとも「日記の書き手」なる人格とはべつの「ほんとうの書き手」が存在するのか。それは一人なのか複数人なのか…。

 

読者を撹乱するのが、本書へ物理的に挟み込まれた「しおり」である。
わたしの「しおり」には、無記名で次のような文言が記されていた。

 

どこの誰が書いたのかわからないこの日記を読み終えたとき、ヤバいものを見つけた、という最初の興奮とはまったく違う、文学作品を読み終えたときのような、心に軽く残る痼りと爽快さを感じた。…

…私が偶然古物として発見したこの日記は、―(中略)―私はこれを読んで「表現」とはなんなのか、そして凡人とそうでない人の差はなんなのかを考えさせられながらも、結局のところ、この「主人公」のあまりに真摯であまりに人間的な有様に惹かれていった。…

 

ここにある「私」もまた、正体が知れない。「主人公」という書きかたは意味深げである。
いったい、どこまでが事実で、どこからが創作(フェイク)なのか。

 

本書を読み終えたあなたが、「私」の得たような文学的感興をおぼえるとき、その共感だけは少なくとも真実であると主張する、その心の有りようもまたわたしにはフェイクに思える。

 

人と意見を交わすことで味わいの増してくる、読書会向きの一冊といえそうだ。

 

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保田穂


書店員。文芸同人誌「しんきろう」の編集を担当。

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