寒さに凍えてシャッターを開けてもうちの店は外より寒い。築五十年のこの店はもともと呉服屋をやっていたそうで、その名残が所々にある。電気をつける前の陽の光だけで見るこの店内が実は一番好きだ。春と秋だけ真直ぐに直射日光が入るのだが、もうその時は準備そっちのけでぼーっと景色を噛み締めてしまう。
先ずはお湯を沸かす、その間に昨日の洗い残しの食器を洗い拭いて棚に戻す。台拭きを絞って各テーブルを拭いて看板や棚を外に出して外を少し掃除する頃にヤカンがカタカタ音を立てる。秤を出して天皿にしているアルミのバットを乗せる。ブレンドの濃い方は170gだ、赤くて大きいコーヒーミルは珈琲を挽く際に熱がかからないので味が変化し難いのだそうだ。重くて大きいこの赤い塊は今ではキッチンのアイコンになっている。これがあることで珈琲屋だなと実感できる、たとえ珈琲よりアルコールの方がよく出るうちの店でも喫茶店だと言い張る理由の一つなのだ。その頃にはもうヤカンは完全に沸騰してシュンシュン音を立てている。お湯を一部ポットに移して、冷水に浸けておいたネルを絞って形を整える、ミルのスイッチを入れると珈琲の香りが店内に広がり換気扇を抜けて外に漏れ出す。
いつから珈琲を旨いと感じるようになったのだったか?シアトル系のコーヒー店が日本に上陸した頃は何でこんな苦いものをと思いながらも、格好つけてブラックでスタバの大きいカップでちびちびやっていた気がする。「コーヒー&シガレット」何だかいいなあと思っていた。まだまだフリをする青い歳。
それから何年かして下北沢でバイトを探していた。バーに憧れて夜のお店を探そうとウロついたがまだ中途半端な時間で、どこも開いてないので近くの喫茶店に寄った。細い階段を上がった2階あるのに入口は洞窟のような店だった。店内は意外に広く、入口から続く長いカウンターは年季が入っている。薄暗い店内の一番奥にボックス席があり、そこにだけある窓から優しい光が入っている。
その一瞬に惚れた。慣れないカウンターに恐る恐る座り、緊張症で少し震える手を隠しながら濃いめのブレンドを注文した。控えめな小さいカップで溢れる位いっぱいになった黒い液体はキラキラと店内のランプを反射して綺麗だった。格好つけることなんて忘れて啜った一杯は僕の人生を変えるひとつの切っ掛けだった。濃くって苦いんだけどトロみがあってしっかりとしたコクがある。
だいぶ長くなってしまったので次は続きを書こうと思います。こうやって書いているとスケッチっていうのは静物画にするのは難しいですね。動画の世界になってしまう、しかも時を飛び越える。初めのイメージだと静物画だったのでもう少しその点を考えて次回に入りたいと思います。
ではでは