雨の日には図録をひらいて —アドルフ・ヴェルフリ[二萬五千頁の王国]
 保田穂

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2017-02-20 13:36:13

「地球をまるまる買い上げるには、いったいいくら積めばよいだろう?」

 

この問いかけへ取り組んだ男の一人が「アール・ブリュットの王」アドルフ・ヴェルフリ(1864-1930)だ。

うんざりさせる称号を冠せられた彼は、いまから百年前、『地理と代数の書』としてまとめられる一連の絵画的作品を手がけた。新聞用紙へ鉛筆でびっしりと書き込まれた、無数の文字と絵図は「聖アドルフ巨大創造物」の成立を説明しているという。全世界を買収し、自身の領地として統治するための、いわば青図だ。

 

そのなかで少なからざるページを、作者は数字で埋め、また計算に費やしている。これは彼のもつ資産規模をあらわしたもので、現行の数では計測不可能なため、独自の新単位を創り出している。Quadrilliarde(千兆)に続いて、Regonif、Suniff、Jeratif、…そして最大単位となるのが「Zorn」。これはドイツ語で「怒り」を意味する言葉だそうだ。

どういうことだろう。

 

それは皮肉な思いつきなのかも知れないし、示唆に富んだ冗談なのかも知れない。あるいは彼にとって、単位のような抽象的なものごとの代表格が、怒りであったのかも知れない。それとも、いくら数え上げてもきりのない数字へ腹を立てたのだろうか。

いずれにせよ、作品中で彼は、その莫大な財をつかって地球を買い取り、さらに領地をもとめて宇宙へ旅立つ。生涯の半分を精神病院の独房ですごした芸術家の現実だ。

 

ところで、彼は作品へ売値をつけることがあった。それは十億の六乗フランだったり、たばこ一箱の金額だったりしたが、文句をいえば血相かえて怒り出したという。ここでまた、べつの問いが思い浮かんでくる。

「アドルフ、あなたの怒りを買い上げるには、いったいいくら積めばよいだろう?」

 

それはたばこ一箱で充分だったのかも知れないし、…いや。

 

画面いっぱいに書き記された「聖アドルフ資本財産」。利子計算の帳簿であり、富は世紀をまたいで増殖してゆく。

 

兵庫県立美術館での展示は、今月26日まで。関西人、急げ!

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保田穂


書店員。文芸同人誌「しんきろう」の編集を担当。

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