評論 その他 悪党芭蕉
著 者:嵐山 光三郎
出版社:新潮社
俳句の神様、「俳聖」と呼ばれる松尾芭蕉ですが、皆様はどのようなイメージをお持ちでしょうか。国語の授業で習った代表作「古池や蛙飛び込む水の音」「閑かさや岩にしみいる蝉の声」など、わびさびを重んじる聖人めいた老境の俳諧師、というイメージでしょうか。
しかしながら、いつの時代でも芸術だけで食べていくのは大変なもので、芭蕉の生きた江戸時代初期も、それなりの世渡りの術とノウハウが無ければ大成できなかったようです。本作は俗人たる芭蕉と仲間の俳諧師に焦点を当てた作品です。
芭蕉は俳句だけで生計を立てていたわけではなく、土木工事の知識があったようで、徳川幕府による工事の現場監督などをしていました。芸術だけでなく実務にも精通しており、当然、幕府は得意先です。芭蕉の処世術は俳句の中にも表れています。「古池や」の俳句は、「蛙合」という小動物をテーマにした句集に収められていますが、当時は「生類憐みの令」が施行された徳川綱吉の時代です。動物を大切にする綱吉に対し、蛙など小動物に関する句集を作ってご機嫌をとる狙いがありました。
また、俳句をテーマに沿って順番に詠んでいく句会が催されていましたが、参加者は俳句の内容によって、先輩を立てたり、場の空気を和ませたり、はたまた挑発したりという心理戦が繰り広げられ、実際の句会の流れと解説が詳しく書かれているのが本作のエキサイティングな箇所です。
芭蕉の弟子には、遊蕩を繰り返しながら傑作句を連発する榎本其角や、才能はあっても性格に難ありの各務支考といった人物がいて、俳句好きの方には常識と思われる「蕉門十哲」という人たちですが、それを知ったのもこの小説からです。
タイトルで「悪党」とは言いますが決して犯罪者だったわけではなく(笑)、派閥をまとめ、金を稼ぎ、名前を売って生きていく、したたかなる俗人、芭蕉の姿を表した言葉です。
芭蕉の同性愛事情も語られ、俳句社交界のドロドロした模様も描写される充実した一冊ですので、少しでも俳句に興味があればきっと面白くお読み頂けると思います。
※先日のリーダーズ・ネストでもっとも読みたい本に選ばれた、嵐山光三郎「悪党芭蕉」のおすすめコメントを、KYさんにいただきました。ぜひご一読ください!